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東京地方裁判所 昭和47年(行ウ)176号 判決 1979年4月23日

原告

紀平悌子

原告

小池順子

右両名訴訟代理人

鍛治千鶴子

若菜允子

被告

春日井秀雄

右訴訟代理人

林博

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

本訴は、被告が東京都議会議長として東京都の公金合計一〇二一万四〇〇〇円を違法に支出し、同額の損害を東京都に被らせたとして、地方自治法二四二条の二の規定に基づき右損害の補填を求める住民訴訟である。

しかし、当裁判所は、東京都議会議長としての被告の行為は右住民訴訟の対象となるものではないと考える。その理由は次のとおりである。

一地方自治法二四二条及び同条の二の規定によれば、住民訴訟は、普通地方公共団体の長若しくは委員会若しくは委員又は普通地方公共団体の職員について、違法な公金の支出、財産の取得、管理若しくは処分、契約の締結若しくは履行若しくは債務その他の義務の負担があると認めるとき又は違法に公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実があると認めるときに、これを提起することができるものと定められている。すなわち、住民訴訟の対象となる行為の主体としては、普通地方公共団体の長、委員会、委員又は職員の四者が法定されているのであつて、住民訴訟が法律の規定によつて特に認められた民衆訴訟であることに照らせば、右の定めは限定列挙であると解される。

ところで、議会の議長が普通地方公共団体の長、委員会及び委員のいずれにもあたらないことは明らかである。問題は普通地方公共団体の職員にあたるかどうかであるが、地方自治法の規定の仕方や用語例から考えると、右にいう職員とは、副知事及び助役(同法一六一条以下)、出納長及び副出納長、収入役及び副収入役(同法一六八条)、出納員その他の会計職員(同法一七一条)、吏員その他の職員(同法一七二条、一七三条)、特別の資格又は職名を有する職員(同法一七三条の二)、議会事務局の事務局長、書記長、書記その他の職員(同法一三八条)、各委員会の事務局長、書記長、書記その他の職員(同法一八〇条の五、一九一条、二〇〇条、地方公務員法一二条、地方教育行政の組織及び運営に関する法律一九条、土地収用法五八条等)を指すものであり、立法機関たる議会の議長、副議長その他の議員を含まないと解するのが相当である。それゆえ、議会の議長の行為は、形式上、住民訴訟の対象として法定されたものにあたらない。

二次に、地方自治法一四九条によれば、普通地方公共団体における予算の執行その他の財務会計に関する事務は、法令に別段の定めのあるものを除き、すべて当該地方公共団体の長の権限に属するものと定められている。これを予算の執行についていうと、成立した予算に基づいて、歳入を収入し、支出の原因となるべき契約その他の行為(同法二三二条の三にいう支出負担行為)をし、支出を命令し、あるいは債務負担行為(同法二一四条)に基づく債務負担をし、経費の流用をする等予算を実行するための一切の手続の執行権は、地方公共団体の長に専属するものであり(同法一四九条二号)、支出の手続のうち支出命令に基づく現金の出納事務だけが、長の予算執行権から分離されて出納長又は収入役の職務権限とされているのである(同法一七〇条)。

これらのことは、議会関係の予算の執行(支出負担行為を含む。)その他の財務会計に関する事務についても全く同様であつて、議会が執行機関に依存することなく自主的に活動をするからといつて、議会関係の財務運営までが議会の議長や議会局職員の権限とされているわけではない。もつとも、地方公共団体の長は、その権限に属する事務の一部を長の補助機関たる当該地方公共団体の吏員に委任し又は代理させることができるので(同法一五三条一項)、議会局職員につきこれを吏員に併任したうえで、その吏員としての資格においてこれに議会関係予算の執行その他の財務会計に関する事務を委任し又は代理させることは可能であるが、議会の議長については、その地位にかんがみ、これに対して右のような委任をし又は代理をさせることは法の予定するところではないと考えられる。けだし、議会の議長はもとより地方公共団体の吏員ではないし、これに対する右のような委任又は代理は立法機関と執行機関の権限分立の建前にもそわないからである。東京都における議会関係予算の執行についてみても、その支出の命令に関する事務は、東京都会計事務規則二条一号、六条一号及び東京都議会議会局処務規程三条の規定によつて、知事から議会局の予算事務を主管する同局管理部経理課長に委任されており、議会関係予算の支出は右経理課長の支出命令に基づき出納長が現金等の支払いをすることによつて行われることとなつている。また、右支出の原因となるべき支出負担行為については、東京都議会局の所掌に係る事項に関する契約の委任等に関する規則等により、知事から議会局職員に委任されているが、議会の議長がその資格においてなんらかの支出負担行為をする職務権限をもつことを認めた規定は存在しない。

してみると、議会の議長は、制度上、地方公共団体の支出負担行為をも含む予算の執行その他の財務会計上の事務を担任する権限ないし地位を有するものではないというほかなく、そうであるとすれば、かかる議長のする行為が一般的に住民訴訟の対象にならないとすることは、財務会計上の事務処理の非違是正を狙いとする住民訴訟制度の趣旨からしても首肯しうるところというべきである。

三原告らは、議会関係予算に基づく支出負担行為は議会局の庶務の一環として処理され、議会の議長はこれを指揮監督するものであるから、議長が公金の支出等をなしうる地位にあることは明らかであると主張する。

地方自治法の規定によれば、議会の議長は議会の事務を統理し(同法一〇四条)、議会局長は議長の命を受けて議会の庶務を掌理することとされている(同法一三八条七項)。それゆえ、議会局における事案の決定につき議長が指揮監督の権限を有することは明らかである(東京都議会議会局処務規程九条以下参照)。しかしながら、議長の指揮監督のもとに議会の庶務として行われる事案の決定(例えば、特定物品の購入を決定したり、あるいは具体的な交際、報償等の実施及びそのための費用額を決定したりすること)と、右決定に基づいてされる予算執行上の支出負担行為(例えば、特定物品につき売買契約を締結したり、あるいは予算中から交際費、報償費等として一定額を支出することを決定したりすること)とは、制度上これを区別することを要する。前述したとおり、支出負担行為を含む議会関係予算の執行は、議会局の固有の事務ではなく、議会局職員が地方公共団体の吏員としての資格で地方公共団体の長から委任(代理を含む。)された事務であるから、右支出負担行為については、受任者たる議会局職員は委任者たる地方公共団体の長の指揮監督に服すべき筋合のものであり、議会の議長には右支出負担行為自体を直接に指揮監督する権限はないといわなければならない。実際問題としては、議長が費用の出捐を伴う事案の決定をしたときは、それに続く支出負担行為についても事実上なんらかの影響を及ぼすことがありうることは否定しえないとしても、地方自治法の規定によれば、支出負担行為をする職員は、法令又は予算の定めるところに従つてこれをしなければならず(同法二三二条の三)、右職員が故意又は重大な過失により法令の規定に違反して支出負担行為をし地方公共団体に損害を与えたときは、その損害を賠償しなければならない(同法二四三条の二第一項)とされているのであり、この点からみても、支出負担行為は事案の決定とは別個にこれから独立して行うべきことが要請されていることは明らかである。右両者を一体視する原告らの前記主張は、前提において失当というほかはない。

なお、本件当時の東京都議会議会局における交際費等の支出又は使用の手続は、<証拠>と東京都会計事務規則の関係規定とを総合すれば、おおむね次のようなものであつたことが認められる。すなわち、(一)交際費については、議会局管理部庶務課長が毎月初めに当該月の大体の必要額につき支出決定原議を作成し、同課長名義の資金前渡請求書に経理課長の支出命令を得たうえ、みずから資金前渡受者として現金を受領、保管し、具体的な交際の必要を生じた都度、その支出金額、支出先、支出理由等を記載した支出伺につき議長、議会局長らの決裁を受けて、右保管金から必要額を使用する者に交付する(ただし、実際には右支出伺に対する議長の決裁印は月末か翌月初めに一括して押されることが多かつた。この点は次の報償費の支出伺についても同様である。)。(二)報償費については、慶弔、賞賜等の必要を生じた都度、前同様の支出伺につき議長、議会局長らの決裁を受けたうえで、庶務課長が支出決定原議を作成し、同課長名義の資金前渡請求書に経理課長の支出命令を得、みずから資金前渡受者として現金を受領し、使用する者に交付する。(三)議員旅費としての特別旅費については、庶務課人事係長が出張者、出張先、出張用務、出張期間及び出張費用等を記載した支出決定原議を作成して議長、議会局長らの決裁を受け、同係長名義の資金前渡請求書に経理課長の支出命令を得たうえ、みずから資金前渡受者として現金を受領し、出張者に交付する。(四)委託料については、経理課長が支出決定原議を作成し、議会局長の決裁を得たうえ、同課長名義の資金前渡請求書によりみずから資金前渡受者として現金を受領し、使用する者に交付する。以上のとおりであつたことが認められ、これに反する証拠はない。

右事実によると、東京都議会議会局においては、交際費、報償費及び特別旅費の支出又は使用には議長の決裁を必要としていたことが明らかであるが、前述のように事案の決定と支出負担行為とは区別すべきものであることから考えると、議長の右決裁は、具体的な交際、報償、出張の実施とそれに要する費用等を確定するという意味における事案の決定について議会の事務統理者としてする指揮監督権の行使にほかならず、それ以上のものではないと解するのが相当である。右議長の決裁が実際上議会局職員の行う支出負担行為に影響していたとしても、そのゆえに、議長が右支出負担行為そのものを指揮監督する関係にあつたとすることはできない。

これを要するに、東京都議会議長は、予算の執行として東京都の公金の支出をなしうる地位にはなかつたといわざるをえないのである。

以上の理由により、東京都議会議長としての被告の行為は、住民訴訟の対象たりえないものと解すべきである。本件において原告らの主張するような議会関係予算の違法な支出を是正するためには、その支出負担行為を含む予算執行権を知事から委任されている議会局職員の行為又は右支出負担行為の確認(同法二三二条の四第二項)を怠つた出納長の行為をとらえて住民訴訟を提起することが可能であり、議長の行為をその対象に含ましめなくても、是正の目的を達しえなくなるものではない。

よつて、本件訴えは法定の被告適格を有しない者に対する訴えとして不適法というべきであるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(佐藤繁 中根勝士 菊池洋一)

別表

(一)各党対策費

支出年月日

金額(円)

昭47.1.14

200,000

47.1.24

144,000

47.1.24

240,000

47.3. 4

200,000

47.3. 8

210,000

47.3.27

300,000

47.4. 3

50,000

47.4.19

100,000

合計

1,444,000

別表

(二)幹部職員手当

(単位 円)

支給年月

支給の相手方

昭47.1

(1月分)

昭47.1

(2月分)

昭47.2

(3月分)

昭47.3

(特別)

昭47.3

(4月分増付)

昭47.4

(5月分)

合 計

議 長

200,000

200,000

200,000

0

200,000

200,000

1,000,000

副議長

20,000

20,000

20,000

0

20,000

20,000

100,000

小 計

220,000

220,000

220,000

0

220,000

220,000

1,100,000

局 長

50,000

50,000

50,000

70,000

50,000

50,000

320,000

部長級(3名)

30,000

30,000

30,000

70,000

90,000

30,000

280,000

課長級(14名)

70,000

70,000

70,000

140,000

150,000

70,000

570,000

小 計

150,000

150,000

150,000

280,000

290,000

150,000

1,170,000

合 計

370,000

370,000

370,000

280,000

510,000

370,000

2,270,000

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